東北旅行へ行ってきました!

みなさんこんにちは、はじめまして!去年の12月からあるぼら運営メンバーとして活動させてもらっています、小池美香です。

現在は北海道大学の2年生で、春からは3年生になります。

もともと大学1年生の時に、あるぼらの活動に参加したのがあるぼらとの出会いです。

あるぼらはとっても行動力があって、個性的で楽しい人たちがたくさんいて、毎日楽しいです(^^)

これからも頑張っていきますので、よろしくお願いします。

 

さて、私があるぼらの運営メンバーになって数か月・・・。今回、あるぼら運営メンバーの八木、栗山、横山、そして私の4人で東北旅行へ行ってきました。日ごとの振り返りはFacebookの「あるぼら」ページでも見れますので、そちらのほうも合わせてご覧下さい。

以下、長くなりそうですが、読んでいただけたら嬉しいです。


まずは私たちは宮城県の石巻市へ行きました。石巻は津波の被害が大きかった地域で、今も海や川の近くには家が流されたことにより、ありません。下の写真は海沿いの写真なのですが、本当はここにはもともと家が沢山あり、多くの人びとが海と共に暮らしていたそうです。


津波があった日から変わってしまった町並みを見て、昔ここで生活していた、私が会ったことのない人々は、今どこでどんなことを考え、毎日を過ごしているんだろう・・・と考えました。

 

 

石巻の町並みで津波の怖さを実感したあと、私たちは以前本を寄付させていただいた「石巻市子どもセンター」という子供たちが触れ合うための施設にお邪魔しました。

 

子どもセンターには、子供たちが学校を終えるとすぐさま遊びに来るらしく、たくさんの子供たちの笑い声・笑顔でいっぱいでした。あるぼらから送らせていただいた本の数々が、表紙やページから何度も繰り返し読まれていたのが一目見てわかり、とっても嬉しい気持ちになりました。

 

 

一冊の本を読むだけで、人はほっとしたり、涙を流したり、心が軽くなったり、笑顔になったりします。

 

石巻市子どもセンターの子供たちが、あるぼらからの本で、いろいろなことを感じてくれたらいいなあ・・・と思いました。

 

そして大人になった時に、「あ、この本読んだなあ」と思い出してくれたらいいなあと思います。

次の日は、宮城県の松島に行き、以前ライフジャケットを送らせていただいた奥松島体験ネットワークの方とお会いしました。

 

ここの方々はもともと観光に力を入れていて、漁業体験やバナナボートなど、さまざまな体験ができるのですが、その際に必要となるライフジャケットをあるぼらから過去に送らせていただきました。

 

「あるぼら」のロゴが入ったライフジャケットを着て、たくさんの人々が松島で観光を楽しんでいるんだなあ・・・と考えたら、じんわりとあたたかい気持ちになりました。

 

私たちも漁業体験とカモメの餌やりをさせていただき、その後たくさんの牡蠣までごちそうになりました!!!今まで食べた牡蠣の中で一番美味しかったです、本当に。奥松島体験ネットワークさん、ありがとうございました。

松島から仙台に戻ったあと、私たちは福島県に移動し、南相馬市に行きました。そして南相馬市で活動されている、南相馬サイエンスラボの齋藤さんとお会いしました!


教育・そして復興に関する齋藤さんのお話はとても考えさせられるものでした。


齋藤さんの活動で、子供たちが普段の勉強を身近なものに感じ、楽しい!という思い出をたくさん作り、南相馬を大好きに思ってくれたら・・・と心から感じました。そして地域全体で子どもの教育・町づくりと関わりあえたら、南相馬が大好きな人がもっともっと増えるんだろうなあと思います。私個人も、そしてあるぼらとしても、これからも齋藤さんと一緒に活動していけたらな、と思いました。



齋藤さんに教えていただきながら、夜にチーズ作り、そして朝には飯ごうでご飯を炊き、巣篭もりたまごやお味噌汁など、美味しい朝ごはんをみんなで作り、みんなで楽しく食べましたよヽ(´▽`)/


改めて科学の楽しさや理科などの勉強の身近さを体感しました!



私たちは次に、南相馬市の小高区にある、浮船の里の方々とお会いしました!

浮船の里は、震災を機に無くなってしまった小高区の人同士の繋がり・そして小高区の産業を新たに作り上げるために現在活動されています。浮船の里の方々には、今度あるぼらから、きちんとした糸をつくり、素敵な製品を作るために必要な機械を送らせていただく予定です。


福島県南相馬市の小高区というのは、原子力発電所から20km圏内にある所のため、現在も夜は家に泊まることが禁止されています。小高区は津波の被害はあまり受けていないため、家などは壊れているものがほとんどなく、一見すると駅前なども普通の町並みです。

家がある、お店がある、駅がある。なのに、人が全くいませんでした。子どもの笑い声も、人々の会話も、生活音もしませんでした。


私はそれまで、日本にこういった場所があることすらしっかりと理解しておらず、震災から4年が経ち、少しずつ復興が進んでいるのではないかと思っていたので、小高区の現状にとても困惑しました。ここでは書ききれないほどの沢山のことを考えながら、私は1日を過ごしました。







福島の新聞です。


毎日、放射線量が新聞に掲載されているそうです。震災を機に、福島の人々にとっては、こうしたことが当たり前になっていることに、とても驚きました。



小高区の他にも、浪江町というところにも久米さんに案内していただきました。


ここは津波の被害が大きく、放射線の問題もあるため、現在も除染や瓦礫の処理が難航していました。


町を見渡すと、家に入れないようにバリケードが張ってあったり、除染で出たごみを入れた黒い袋が山積みにされていたり、そこの地元の人々もいまだに家に帰って生活をすることができていない。どこを見渡しても、震災や原子力発電所の事故から4年経ったのに、実際は4年前のままほとんど変わっておらず、時間が止まっているようでした。



もし、自分が住む街で、自分が同じような状況に陥ったら、私はどうするだろうか。

自分が大好きな人達と離れ離れになり、自分の家に帰ることが出来ず、それまで大切にしてきた多くのものを失う。

そのようなことを、ここに住んでいた多くの人々は経験していたのかもしれません。




今回の東北旅行で、私は多くのものを見て、たくさんの人々とお話して、沢山のことを考えました。

私にできることはなんだろう。あるぼらができることはなんだろう、と。


でも、考えすぎて何もできなくなるのが一番良くないのかもしれないと思い、とりあえず、日々色々と考えながら、今の自分にできる最大のことをしなければならないんだなあと思いました。

私のあるぼらでの目標は、もっとあるぼらを好きになってくれる人が増えることと、東北を好きになってくれる人が増えることです。少しずつ少しずつ、現状を変えていければいいなあと思います。



さて、非常に長くなってしまいました。すみませんでした。

最後に、今回の東北旅行に関わってくださったすべての方にお礼を言いたいです。ありがとうございました。そして、ここまで読んでくれた方も、どうもありがとうございました。


 小池美香